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◇戯れ言D:管理人、「文芸部」を語る ◇戯れ言C:私も高校運動部監督になれる日が...
◇戯れ言B:寒川高校を誉める ◇戯れ言A:管理人、かるたをかたる ◇戯れ言@:春の吹奏楽部定演を聴いて

☆☆☆戯れ言その5☆☆☆[2003.9.9up] このページのトップへ
 
管理人、「文芸部」を語る
 
 個人的に思い出すことが幾つかある。中学時代、文芸部の子たちはほとんど全員が他の部活を掛け持ちしていた。というより、文化祭にならないと文芸部が存在していることすら忘れてしまっていた。それは、重量挙げやアマレスがオリンピックにならないと思い出してもらえないのとちょっと似ている。

 ところがだね、私がちょこっとだけ付き合っていた女の子が文芸部所属で、よせばいいのに、私に『ハイネの詩集』なるものを読ませようとした。中2だぜ。読んで理解できる方がおかしいっつうの。

 しかし、彼女のご機嫌を損ねないために、適当にめくったページに載っていた詩を一つだけ暗記して、

 「ハイネのこの詩がいいよね。」

 などと語っていたから情けない。勿論、今ではそのタイトルすら思い出せない。だいたい、ハイネがどこの国のいつの時代の詩人なのかも知らなかったわけだ。

 そんな私であったが、中3になり、またしても文化祭の季節がやってきた。文芸部は彼女が中心となって『石川啄木 一握の砂』というテーマでひと教室を使ってちょっとしたイベントを催していた。致し方なく私もちょっとだけ顔を出して、致し方なく手にとった作品が以下のものであった。

 「不来方(こずかた)のお城の草に寝ころびて空に吸われし十五の心」

 ちょっとしたカルチャーショックを受けた。正直言って、私は当時、短歌など馬鹿にしていたところがあった。

  詩人といえば北山修(といってわかる人がどれほどいようか。「戦争を知らない子供たち」や「あの素晴らしい愛をもう一度」の作詞者と言って通じれば幸いだ)が絶対無二の存在であり、それ以外はハイネも含め、全ては領域外のことだと思っていたからね。

 高校生になってから啄木にハマリました。彼女とはすっかり別れてしまっていたけど。

 実生活の啄木は、作品から想像されるよりも快活で、尚且つ借金王だったらしいが、彼が発する31音というのは、難しい技であるとか、決まりごとのようなものを超えて、情緒不安定な私を襲撃したのであった。

 戯れに母親を背負ったら、その軽さに涙が出た、とか、浜辺で蟹と泣きながら戯れる、とか、友達が自分より偉く見えるような日は花を買ってきて奥さんと楽しむ、とか、信じ難いものも多数含まれてはいたが、そういったものでさえ、心に染み入るような気がしたものだ。

 だいたい、私は啄木の影響で

 「自分は絶対26歳で死ぬ」

 と思い込んでいた。啄木は結核で26歳で夭逝したからね。私はもうすぐ43歳だけど。

 その後、私が文学少年となり(嘘です)、のちに直木賞作家となる重松清くんに文章指導したのは、あまりにも有名な話です(これはホントです)。

 だいたい、今、このサイトを運営していること自体が、「文芸部」によってもたらされたものであったことに気づき、愕然とするのであった。

 文芸部。侮ってはならない...

☆☆☆戯れ言その4☆☆☆[2003.6.1up] このページのトップへ
 
私も高校運動部の監督になれる日が来た!
 
 「部活.ネット」の読者の皆さん、以下の記事を読んだであろうか。


外部指導者も高校監督OK
高体連、来年度から

 全国高校体育連盟は30日の理事会・評議員会で、加盟校の監督の資格を従来の教職員から幅を広げ、スポーツクラブのコーチや学校OB、保護者ら外部指導者でも可能とすることを決めた。ただし傷害保険などの加入を条件とし、学校長が認めた場合に限る。来年度からの実施を目指す。



 これは2003年5月31日付けの朝日新聞スポーツ欄の片隅に出ていたもので、私は相当興味を惹かれた。

 だって、教員じゃなくても「監督」になれるのですぞ。つまり、私のような輩でも高校生を指導して、あわよくば全国大会とかに出られるっつうことなわけですぜ。




 近隣の高校で「スヌーカー部」とか作ってくれれば、金を積んでも監督になりたいと思う。





 でも、考えてみれば、インターハイにも総文祭にもスヌーカー部門ってねえか...

 それに、学校長も認めねえか...

 冷静になってみると、積む金もなかったりするぜ...



 他に教えられそうなスポーツは....






 おぉ、「ダーツ」だ!






 と、思いついてみたが、やっぱりインターハイにも総文祭にも「ダーツ部門」がなかったぜ...

 しかし、諦めずに、まず近隣各高校に「スヌーカー部」「ダーツ部」の設立を働きかけ、さらには高体連に、インターハイ種目として加えてもらえるよう、談判するところから始めたいと思います。



 .....と、ここまで考えて、とても無駄なような気がしてきたんですけど、どうでしょう...?


☆☆☆戯れ言その3☆☆☆[2003.5.31up] このページのトップへ
 
寒川高校を誉める!
 
 本日(5/30)、今後の「部活.ネット」の取材その他の相談で、県立寒川高校へお邪魔し、教頭先生及び生徒会担当の先生とお会いさせてもらった。

 と、まあ、ここまでならよくあることなのであるが、ひどく感動した出来事があったので、書かずにはいられない。

 以前、体育館やグラウンドに取材・応援に行ったことは数度あったのだが、校舎内に入るのは初めてであった。で、どの学校でもそうであるが、入り口に事務室なるものがあり、そこで訪問者は記名するシステムになっている。私も当然のことながら外部からの訪問者ということになるので、下手くそな字で記入をしていた。

 その時、背後から、ある男生徒にいきなり『こんにちは!』と声を掛けられたのだ。

 私は彼の顔を見つめながら、「ハテ、どこで会った子だったかな...」と考えた。

 最近物忘れも激しく、ICプレップの卒業生が訪ねてきてくれた際も、時として名前を思い出せずに、会話をしながら「あぁ、こいつは確か3年前の卒業生の○○だ」と、ようやくわかるという始末なので、取材の際か、中学時代にちょっと勉強を教えたかどっちかだろう、と瞬時に決断して(その間0.7秒ほど)、こちらからも『あ、あぁこんにちは...』と、ややドモりながら挨拶を返した。

 でも、まあ、元気のいい挨拶をもらうのはとても気持ちのいいもので、ちょっと気分をよくして本題の取材のことを話すため、応接室に入った。そこで1時間以上に亘り、部活・教育その他のことでお二人の先生方と話をさせてもらって、午後5時頃であろうか、今日は晴れていたので、グラウンドの部活練習を見ていたところ、今度は




 『さようなら!』






 とネット越しに陸上部の子たち(さっきの男子生徒とは別人だ)から声を掛けられた。

 ムムム....。どう考えてもこの子達に見覚えはない....。
(その後、何度も思い起こしてみたが、同じ結論に今のところ達している)

 ということは、寒川高校の生徒たちは、


 学校に出入りする人たちに対して、"今、来たんだろうなぁ"と思う場合は「こんにちは」


 
"たぶんこれから帰るんだろうなぁ"と思われる場合には「さようなら」と挨拶していることになる。



 おそらく、私が遭遇した生徒たちだけが特別だった、という偶然ではあるまい。

 しかも、陸上部の生徒たちがとても人懐こいもんだから、取材で来たわけでもないのに、思わず「部員は何人?」とか「種目は何?」とか、習慣で訊いてしまったり、「部員数が少ないから大変だね」と声を掛けてみたり。



 たいへん清々しい気持ちになった。
  (清々しさを色でも表してみました。キヨギヨシイ、と読まないでネ)





 結論。私、寒川高校のことをとても好きになりました。

 今まで、取材でいくつもの学校を訪ねさせてもらったが、こんなに気持ちのよい日はなかった。どの学校でもこんなふうに挨拶してくれると嬉しいな。

 校長先生をはじめとする先生方の努力の賜物なのだろうが、あれだけ元気よく、しっかりと挨拶できる(私が聞く限り、嫌々言っているという感じは全くなかった)生徒が多数存在することは、寒川高校だけでなく、ある意味で地域が誇りとすべきことではなかろうか、と思う次第である。

 また、訪ねますので、その時も『こんにちは』をお願いします。今度は私も負けないくらいしっかりとご返答申し上げますぞ。

 頑張れ!寒高
 


☆☆☆戯れ言その2☆☆☆[2003.5.12up] このページのトップへ
 
管理人、かるたをかたる
 
 2003年5月11日。小田原市民会館にて『第27回全国高等学校総合文化祭福井大会 小倉百人一首かるた部門 神奈川県代表選考会』(名前が仰々しいね、どうも)が行われ、「部活.ネット」がお邪魔してきた。
(「総合文化祭」というのは、文化部のインターハイに相当します。昨年は神奈川県で開催されたんだよ)

 何せ、スタッフのうち、百人一首のうち一つでも歌を覚えている者皆無。やったことがあるのは“坊主めくり”だけ、という絶望的な状態の中、全くの手探りでの突撃取材であった。

 まず、会場は「和室」である。
 そりゃ、まあ、正月の遊びじゃないんだから、コタツの上でやるはずもないわけだが、入った瞬間に一種異様な感覚に陥る。最初は「控え室」に来てしまったのかと思った。

 次に60名ほどの出場選手のほとんどはジャージ姿である。
 イメージの中に“和服”があるもんだから、それだけでかなりのギャップである。中には膝にサポーターを巻いている子もいる。何故なんだ....?バレーボールの選手みたいだぞ。

 時間が来て、「対戦カード」が発表される。ため息や『ヨッシャ』というわけのわからない声も聞こえる。いよいよ混迷の度は深まる一方だ。

 各選手が所定の位置(たたみ2畳分のスペース)につき、札を並べ始める。

 ここで、競技かるたについて無知な読者諸兄に覚えたてのルール(たぶん、だいたい正しい)をご紹介しておく。
(実は大半は、1回戦の読み手をなさっていた西湘高校OBの門松英子さんにお聞きしたものです)
 

札はこんなふうに置いてあります。どう並べるかは自由。
  
前の歌の下の句が読まれている間に集中し、全員が前傾姿勢になる。しかし、この写真だけを見ると、修学旅行の旅館でくつろいでいるようだぞ。

鮮やかな手さばき。

こうなるとプロレスのようですが、両者ともに1枚ずつ残ると、「運命札」勝負といって、自陣にある札を読まれた方が圧倒的に有利。かなり盛り上がります。

この人は避難しているわけではありません。飛ばした札を取りに行ってます。
 
(1)百人一首は当たり前だが百の短歌なので、百の札があるわけだが、恐ろしいことに、俗称「上の句」(最初の17音)は札には書いておらず、「下の句」(うしろの14音)のみが味気なく記されている。
(坊主やお姫様の絵はついていない、ということね)

(2)百枚の札のうち、任意の50枚が選ばれ、対戦する二人がそれぞれ25枚ずつを取り、自分の前に並べる。
(どうやら、3段に並べるようである。ちなみに、50枚しか並べられていないので、残り50枚はスカ[正式名称・空札(からふだ)]となり、どの歌が並べられていて、どの歌が空札になっているかを覚えておく必要がある。おっと、その前に歌を全部覚えているのが前提だ。)

(3)審判(?)が『これから15分間暗記』という号令をかける。ここから選手は瞑想状態に入り、寺で修行する僧の如くになる。

(4)『2分前』の合図と同時に、それまで開け放してあった窓は全部締め切られる。あらゆる音を遮断するためなのであるが、ハッキリ言ってクソ暑い。
(真夏に行われる総文祭でもエアコンは入れないのだろうか?)

 で、選手たちは急に畳を叩き始める。目を閉じて聞いていると、間違いなく柔道の受身の練習をしていると思うはずだ。これを専門用語で“素振り”と呼ぶらしい。中には「ハッ」とか「サッ」とか「オシ」(「ヨシ」かもしらん)とかいった“気合”を入れているモノもいる。

 こうなると、最早文化部なのか運動部なのかわからない。

(5)『始めます』の声が掛かると、一気に集中力は研ぎ澄まされ、会場は水を打ったような静けさになる。
(私(管理人)は「もし、この静けさの中で屁をこいてしまったら、皆どんな反応をするんだろう」などとちょっと不謹慎なことを考えていたのを告白する)

(6)あとは、札を取ってゆき、自分の陣地に並んだものがなくなった方が勝者となる。ちなみに、相手の陣地から札を取ったら、自分の陣地から好きな札を相手の陣地に置ける。お手つき(これも専門用語らしい)すると、相手の陣地から自分の陣地へ1枚札を置かれてしまう。


 本日は、神奈川県の代表選手8名を決定する大会で、各人が4回戦って(午前・午後各2戦)、その戦績が物を言う。但し、選手には格付けというものがあって、初段・二段といった段持ちから、白帯(とは言わないんだろうが)の素人までが出場しているので、単純に勝ち数だけでは決まらない。特に最後の7〜8人目を決定するのは毎年難業になっているとのこと。

 組合せは神奈川県高校文化連盟かるた専門部の先生方が苦心して決めているらしく、もしかすると来年からはスッキリとトーナメント方式にするかもしれないと伺った。

 さて、試合が始まると、「上の句」の最初の1音で全選手が反応する。暢気に撮影していると、札がバシャバシャ飛んでくる。

 かるた専門部の伊藤松男先生(西湘高校)によれば「“あ”で始まる札は16枚、“い”で始まるものは3枚といった具合に、彼らの頭の中には入っていて、置かれている札の中に“あ”は何枚か、“あ”のうちどの札があってどの札がないか、といったことを最初にチェックして、1枚札がなくなるたびに新しい情報をインプットし直している。」のだそうだ。

 侮れん。

 かるたとは、突き詰めてゆくと、条件反射と記憶装置の新情報獲得能力の勝負だということになる。集中力が求められるわけだ。

 で、中盤戦あたりになってくると、対戦相手との“口論”(という表現が適切かどうかはわかりかねるが)が聞かれるようになる。

 これは、読まれた札をどっちが先に触れたか(写真を見てもらえればわかるが、札の上からベシャッと押えて取るなどということは実際には不可能であり、手で札を「払う」ことになる)で、お互いの主張が違う場合に起こる。

 各組に審判員がついているわけではないので、セルフジャッジメントを求められるのだが、基本は「譲り合い」の精神なのだそうだ。

 じゃ、ナンデ口論が起こるのか、という疑問は勿論残るのだが、誰しも瞬間的には「自分が取った」と思うわけなんだろうね。

 あんまりひどい場合には、審判員が両者の話を聞き、客観的な判断を下し、それに従うことになる。阪神タイガースの星野仙一監督などにはあまり向かないわな。

 かるたは“性善説”に基づいて行われるのだよ。

 私、思いますに、かるたは純日本的な精神の継承に役立つほか、古典の勉強にもなり、集中力を養え、性善説に基づく謙譲の美徳を獲得することにも繋がる、かと。しかも、競技性・ゲーム性があって、十分楽しめる。

 失礼ながら、これほど熱気を帯び(窓を閉めたせいではないと思います)面白いものだとは思ってもみませんでした。私もまず歌を覚えて、小学校低学年の子たちと戦ってみる所存です。負けそうになっても「譲り合いの精神」で堪え、人間性を磨こうと思います。

 ...でも、やっぱり“坊主めくり”も捨て難いですよね?
(って、誰に同意を求めているのだろう)
 

=特別付録『競技かるた 激写』=
 
競技かるたなど、やったこともなければ見たこともない、というビギナーのために、「こんなふうにして札を取るのだよ」という例をお見せします。なかなか凄まじいものがあります。ご好評につき(?)スローバージョンも作ってみました。
 

☆☆☆戯れ言その1☆☆☆[2003.4.26up] このページのトップへ

春の吹奏楽部定演を聴いて

 鶴嶺・北陵・茅ヶ崎の3校の吹奏楽部定期演奏会を聴き、この春はどっぷりと吹奏楽に浸かっていた。

 いずれの学校もそれぞれに精一杯の趣向を凝らし、少なくとも、年に一度の晴れ舞台に向け、懸命に練習してきたことを窺わせるものであった。演奏技術が巧いのかそうでないのか、といった類のことについては、実はよくわからないし、敢えて言うならば、それほど大きな問題ではないのかもしれない。

 また、表舞台には登場しない大人たち(主に顧問の先生たち)も熱意を持って見守っていることがわかり、ある意味でエネルギーを与えられたように思う。

 で、私はちょっとしたカルチャーショックを受けたのである。

 私自身が中学・高校と運動部に所属していたから感じることなのかもしれないのだが、吹奏楽(殊に定演に於いては)では「対戦相手に勝つ」という概念が存在しない(当たり前か)。

  まず、それが新鮮だ。

 また、運動部では、卒業直後の1〜2年はともかく、それ以上の時間が経過すれば、現役生よりも体力的に厳しくなるのが通例である(勿論、例外はあろうが)が、吹奏楽では体力よりも技術がモノを言うため、卒業生たちが練習や、学校によっては定演のステージに登場したりする。総じてOB・OGとの「縦」の繋がりは各校とも強く、実動している卒業生たちの楽団も少なからず存在する。

 こういう現象も運動部では考えづらいし、他の文化部でも難しいと思われる。

 加えて、「ただ吹けばいい」というものでもなく、舞台演出は不可欠となる。いかに聴衆に感動を伝えるのか、どうすれば飽きずに聴いてもらえるか、といったことを生徒たちが話し合って決めている。プログラムの組み方や選曲、MC、照明その他に心配りをし、“ドラマ装置”を作っておかねばならないわけだ。

 運動部に所属している者で、一体誰が「どうやって観客を感動させよう」などと考えながらプレーするであろうか。試合そのものが“筋書きのないドラマ”であることを前提としているのが、運動部なのである。

 さらに、吹奏楽部では無意識のうちに“ジェンダー”について考えるようになる

 これだけ「男女同権」と叫ばれつつも、バレー部には「男子バレー部」と「女子バレー部」があり、陸上競技には「男子100メートル」と「女子100メートル」が存在し、その存在に対して疑問を抱かない。

 ところが、よくよく考えてみると、「男子吹奏楽部」や「女子吹奏楽部」といった言葉は聞いたことがない。つまり、生物学上の性差とは無関係に、その生徒の特質なり経験なり意志なりで、受け持つ楽器が決定されていて、吹奏楽部が、「学校」という枠の中に於いて、かなり特殊な位置づけになっていることに気づかされる。

 最後に、「吹奏楽部には補欠がいない」

 例えば、バスケットボールであれば、コート上に立てるのは5人であり、ベンチに入れるメンバーも12名といったルールがある。部員が13名以上いれば、誰かがベンチに入ることすらできなくなるわけだ。

 ところが、吹奏楽はぶっちゃけ何人でもステージに上がれる。全くの初心者であっても、懸命に練習すれば、ワンフレーズくらいは演奏できるようになるだろうし。

 つまり、練習はするが試合には出られない、といったせつない状況は回避されることになる。
(コンクールなどでは出場できるメンバーが限られることもあるのだろうが)

 ブラスバンド恐るべし!

 この先、さらに吹奏楽にハマることが予想される、今日この頃の私である。